金曜日, 8月 26, 2011

謎の修道服。








長崎に来て2週間目の或る日の事。
俺の修室は最上階の4階で、現在、俺ひとり。

御祈りから、えっちら、えっちらと階段を上がってくると、部屋の前に、何やら黒い物が・・・
見れば修道服でありました。
修道院ですから、修道服があっても何ら不思議はないのですが、俺の着衣は来月の予定で、しかも東京で行うので、此処に修道服があるのも妙なわけで・・・
では、此処の修道院のどなたかのかと思えば、此処の修道院の諸先輩方は、俺よりだいぶ背が低い方ばかりで、その方々の修道服ですと、かなり短いわけですが、部屋の前にあった修道服は大きく丈も長い・・・
ちょっと着てみたら、ぴったりの丈とサイズなので・・・ん???と、なったのであります。
修道院の兄弟達に聞いても、誰も知らず・・・ん???と、再びなったのであります。

着る訳にもいかず、仕方が無いので修室に飾っています。

誰が置いたか、誰が着ていたか謎の修道服を眺めながら、今日も1日が終ろうとしています。

修道服も聖別された特別な服です、この謎の修道服と共に、主に祈りを御捧げして、近頃は就寝しているのですが、変な夢ばかりを見る様になってしまい・・・死に関する夢ばかりで(´;ω;`)

この修道服のせいではないとは・・・思うにですが・・・



火曜日, 8月 23, 2011

聖コルベ記念館をリフレッシュ!




昨日、今日と長崎・本河内教会に在る、聖コルベ記念館の展示ケースの掃除とディスプレイ作業を行っています。

想えば、此処に初めて来た、一昨年の6月には、こんな事をするだなんて思っていなかったわけで・・・
けれど、此処の第一印象は、なんて勿体無い!、コルベ神父様の聖遺物的な、直筆の日記や手紙、所縁のある永井博士や遠藤周作氏の、やはり直筆の原稿などが、なんとも無残な扱いで・・・

たとえば、聖テレーズのあの日記をプラスティックのパスケースに入れて展示はしないだろうに・・・と、
そして、此処には、前教皇・ヨハネ・パウロ2世も来日された時においでになられ、サインやコメントを残され帰られました。
その、直筆の物も無残な状態で、当時、何とかならないの?!と、思ったものです。

そんな俺が、こうしてそれらの貴重な資料や展示物を直に触れながら、掃除をし、展示ケースのディスプレイを行っているなんて、あの初めて来た、あの日には夢々考えてもいなかったのに・・・
神様とコルベ神父様とパパ様は、
「そう思うのら、お前がやりなさい」と、この恵まれた仕事を御与え下さったようです。(*´∀`*)

昨日は、コルベ神父様のコーナーを行い、直筆の日記を手に取って見る事ができました。
文庫本程度の小さな大学ノートに、細かい文字で(ポーランド語)綴られたその日記は、来日されて間もなくからの日記です。
展示では、あるページの部分をだけを開いている為、その日記帳の全てを見る事が出来なかったのですが、最初のページを見て、びっくり!
なんと、漢字で通院された病院の名前が書かれていたりするのです。
もう、心はインディージョーンズと化してしまいます!
掃除というより、発掘に近い感覚で展示ケースを開き、ひとつひとつの貴重な遺物をキレイキレイしているのです。
そして・・・驚く事に!展示されていない様々な遺品たちがっ!(;゚Д゚)!

喜びは尽きる事がないのであります。

さて、今日はパパ様コーナーの作業を行いました。
パパ様も、列福され、列聖もそれほど長い期間を置かずに行われる事と思います。

そんな、前教皇・ヨハネ・パウロ2世様に関する、当、聖コルベ記念館、お薦めの展示品はと言えば・・・

来日時に使用された、スケッグで御座います。(これは、教皇様や司教様が頭に被られている丸い小さな帽子です、ドングリの帽子みたいなのね。)
この帽子も・・・直に触ってしまって、でも頭に載せるのは恐れ多いので、
匂いを嗅いでみたりして(^^ゞ・・・ホコリ臭かったケド

そして、サインと、カードの裏に書かれたメッセージなどが、お勧めで御座います。

そんなわけで、明日は、ゼノ修道士と北原 怜子さんのコーナーを手がける予定であります。

ホスチアの、聖遺物と準聖遺物の発掘は、まだまだつづくのでした(*´∀`*)


パパ様の遺品の数々

直筆のメッセージ


作業を行う怪しい人影






月曜日, 8月 15, 2011

聖ヨゼフの御腕に抱かれ。





修道院の入口近くに在りながらも。余り目立たない、聖ヨセフと御子の御象。

このご蔵の下には、沢山の身寄りのない身元不明の方々の遺骨が埋葬されています。

聖コルベ神父様が。此処の修道院を建築するため、1坪1円で7000坪を購入しました、そのころ此処は山賊まで出没する様な山の中で、生き倒れの方、身元不明の方などの遺体を埋葬した場所だったそうです。
工事を進めるうちに、沢山の人骨に混じって、十字架なども掘り出されたそうです。
きっと、そうした遺体と共に、迫害によって殉教された名も無い切支丹の方達遺骨も混じっているのだろうと、それら掘り出された遺骨を、ひとつに集め、この聖ヨゼフ様と御子の御像の下に埋めたのでした。

夜、修道院の灯りも外灯も全て消されるのですが、この御像の場所だけは、小さな外灯が燈っています。
4階修室の窓の下に、この御像を見る事ができます。
寝る前の、一と時を、マリア様と共に、亡くなった霊魂のために、お祈りするのです。





今日は、終戦記念日でお盆で、そして、聖母の被昇天の祭日です。
此処長崎のお盆は・・・喧しい゚(゚´Д`゚)゚

関東では、考えられないのですが、お墓で花火をするのです。しかも、爆竹にロケット花火に打ち上げ花火と、派手な音がするものばかり・・・墓なんだから、せめて線香花火にと思ってしまいます。

修道院の下が、仏教さんの墓地になっており、夕べも遅くまで、ロケットの打ち上げが続いておりましたぁ・・・
五島出身の兄弟に聞くと、子供の頃、花火は墓場でするものと思っていたとの事

ちょっとびっくり(@_@。

何故、花火かは解かりませんが、その花火をやるのは、たいていは子供たちです。
孫や曾孫たちが、家族と共に、長崎を離れていた姉や兄も一緒かもしれません、子供にとって墓参りなんて退屈でつまらない行事ですが、花火が出来るとなれば話しは変わるのではと思います。

宗教的、地域的意味は解かりませんが、墓場からは子供たちの愉しげな声が聞こえてきました。

生きている者、死んだ者・・・8月15日は、霊魂が出逢い、また別れ、ロケット花火に乗って聖母と共に、天に戻るのでしょうか・・・

主よ、全ての霊魂の上に、永遠の安息と、絶えざる光を。アーメン。





土曜日, 8月 13, 2011

長崎・小長井のルルドにて。










2年振りに、小長井のルルドに行く事ができた。
この、ルルドで、マリア様から示された道・・・川かな。
その川を、主の用意された小舟に乗って、流れのままに、今こうして此処に居るのだと感じる。

2年前に、このルルドに来た時は、この修道会の事も、小長井の施設がこの修道会の経営である事も知らなかったのに・・・召し出しは不思議です。




誰も、居ないルルドで、ひとり、ロザリオを唱えていると、施設の女の子とけがれなき聖母の騎士修道女会のシスターがいらっしゃいました。

ふたりは、ルルドでお祈りをし帰られました。

帰る前、その女の子が、俺にこう尋ねました。





「此処で何をしてるの?」





そう、俺は何をしているのでしょう?



あの、2年前のこの場所から、俺はきっと、もう自分では何もしていないのかもしれません・・・


その子に、答えました。

「何もしてないんだ、でも神様のして欲しい事をしたいと思ってるんだ」

その子は、解からない顔して、帰っていきました。

そう、これは誰にも解からない事なのかもしれません。




自分自身でさえ、解からないのですから、全ては主の御旨のままに。



アーメン。








水曜日, 8月 10, 2011

夏。






長崎に居る。




先月の中頃から、テスト期間に入り、テストの準備とレポートに追われていました。

なんで俺は、ギリギリまでレポートを書けないのか・・・

大学の頃もそうで、随分と苦労したのに、と思いながらも、その習慣は改善されていなかったのです。

とは言え、何十年振りかの、試験とレポートは楽しく

「あぁ、学生ってのは、楽しいもんだなぁ」と、感じるのであります。

そんな、テスト期間も先月末で終了し、10月までの長い夏休み期間に入ったわけであります。

そして、長崎の本河内修道院に支部体験として、9月5日までお世話になっているので御座います。



長崎、昨日、66回目原爆投下の日にあたり、平和記念公園では、午前中に平和式典が行われました。

長崎教区では、午後7時からカトリックによる平和アピールの式典と松明を掲げて

先頭には、被爆マリア様の御と行列を行いました。





大浦天主堂までの松明行列に初めて参加させて頂き、ロザリオを唱えながらの短い道行でしたが

長崎は、本当に聖母マリア様を御傍に感じる場所、聖母に愛されている場所なのだと感じておりました。



俺の父親は、広島の人間で被爆はしていないのですが、やはり原爆による心の傷は、癒えるものではないと

子供の頃に聞いた覚えがあります。

広島、長崎、66年前に、それぞれ、たった1発の爆弾で・・・



人間の造るものは、なんて不完全で醜く危険なものなのでしょう。



それでも、人の本性は美しいのです。



愛によって、造られた人は、愛を行う本能が宿っているのです。

人間が産み出せる唯一の美しい、行いとモノは、愛なのですから

二千年の間、主はそう語り、叫び続けてこられています。

そしてこれからも、その主の愛に全てを捧げて、その愛に祈り併せて歩んでいきましょう。

美しいモノを造るために、最も美しい、愛となるために。








金曜日, 7月 08, 2011

声。

創世紀・第3章8説
「その日、風の吹く頃、主なる神が園の中を歩く音が聞こえてきた・・・」

風は神である。
ヘブライ語の音は、声とも読み取れる。

祈り、兄弟と共に暮らし、暑さに負けそうになりながらも
兄弟姉妹と学ぶ日々

ひとり、御聖堂に座る時
ふっと感じる


俺は、此処に何故いるのだろう・・・と、



主よ、貴方の声に捕えられたのに
貴方と、砂漠の中
小さな焚火の前、貴方が言ったあの一言、あの声に捕えられたのに

「愛、さぁ行こう」

あの時に躊躇った事、それでも貴方は、俺を愛して下さった事
そう、全て愛なのに

主よ、此処に居る自分を相応しいのかと、思う日々があります。

それでも、立ち止れない
立ち止ってしまったら、主よ貴方の背中を見失ってしまいそうで

俺は、此処に居ます。

愛は、此処にと、叫ばずにはいられないのです。

主よ、愛しています。











金曜日, 7月 01, 2011

Trinitas







神学院の授業のひとつに「組織神学」がある、その中で三位一体論を学んでいるのですが、
神の神秘中の神秘を、俺が理解できる筈もないのです、そこをなんとか理解しなければと
書物から講師の授業から必死に知ろうとしている訳であります。

先日の講義の時に、その必死な感覚に変化があった、講師のフランシスコ会のO神父様の話しを聞いているうちに、とても幸せな気持ちになっていたのです。




電車の中で、よく赤ちゃんを連れたお母さんを見掛ける、お母さんが赤ちゃんを見つめる顔、小さな丸い手を伸ばしてその顔を触ろうとする赤ちゃん。
その愛の発信と応答を眺めていると、自然と嬉しくなり、微笑みが浮かぶ。

そう、その感覚と似ている思いが講義を受けている時に起こった
それは、暖かな優しさに包まれるような感覚です。
それだけではない、優しく、激しく、その感覚に応えようとする想い・・・

御父の限りない優しさに全身全霊で応えようとする、御子の熱い想いと激しさ
その聖なる偉大な愛の交換の中で、抑えても抑えきれないのだとばかりに、
その愛から発せられる聖霊。

聖霊は光の触手となり、人の霊魂を捉えて包み込む
捉えられた霊魂は、その大いなる愛の交わりにと優しく、激しく応えようとする・・・

もし、今この俺もその、父と子と聖霊の愛の交わりの、隅の隅に加わらせて頂いているのなら。

そう、感じた時、優しい愛でありたい、激しい愛でありたい、応える愛でありたいと祈らずにはいられなくなるのです。

どう頑張っても、聖トマス・アクイナスの様に、聖ボナベントゥラの様に論理的には理解出来ないけれど、主が一瞬垣間見せてくれた、Trinitasは、永遠なる宇宙の神秘の様な、映像でした。


聖なる三位の神は賛美されますように。アーメン✝