電話が鳴っている。
朝、まだ5時過ぎ、嫌だ・・・そう思った。
誰も出ない、けれど電話は誰かが出るまで鳴り止まない事は解っていた。
ベットを抜け出し、少しふらつきながら電話室に。
電話を掛けてきたのは、長崎の神父様
「今朝の、3時半に・・・」
その方は、修道士で、此処の副院長様をされていた、俺が不慣れな修道生活を送っている頃
なにかと心を配って下さった。
身体の具合が悪くなり、長崎に移転され専門の病院に入院されたが、医学的には何処が悪いのかはっきりしないまま、みるみる体力が衰えてしまった。
夏に1ヶ月間、長崎に行っていた時に何度か入院先の病院に御見舞いに伺ったが、とても辛そうで、ただ祈るばかりだった。
とても痩せてしまったので、横になっていても背中が痛み辛いと言われた。
背中に、クリームを塗って差し上げた・・・骨と皮だけの小さな背中だった。
本当に、修道者らしい修道者。
本当にフランシスカンらしいフランシスカン。
まだ、此処に居られる時に、一度だけ手紙を戴いた事があった。
それは、痩せてしまい、お尻の肉も無くなってしまったので、椅子に座るのが痛いとこぼされたの聞いて、低反発のクッションを買って渡した後の事だった。
手紙には、
「クッションを買ってくれてありがとう。でも皆も堅い椅子に腰掛けているのに、自分だけこのクッションを使うわけにはいかない、それに私たちには、こうした物を買うお金は無いのです。
私たちは、多くの信者さん方の施しで生きていますから、楽をする為のお金を使わない様にしましょう。
私が、痛いとこぼしたばかりに、心配を掛けてしまいました、反省しています。
しかし心遣いは本当に嬉しいのですが、今後はこうした事はしないで下さい。」
俺は、直ぐに謝りに行きました。
副院長様は、病の苦しみを受け入れ、全てを聖母の御手に委ねられ、主に御自身を御捧げになっていたのでしょう。
そんな、副院長の信仰に、もしかしたら小さな躓きを渡してしまった事に、心から詫びました。
今日、そう無原罪の聖マリア様の日、コルベ神父様が会員に常に仰っていた事。
「無原罪の聖マリア様に、全てを御委ねしましょう」
その言葉通り、副院長様は今日、天に召された。
俺がテレーズを好きだと知ると、本当に嬉しそうに「僕も、テレーズが大好きで模範にしているんだよ」そう話してくれた副院長様は、きっと今、マリア様とテレーズの前で、跪き感謝の御祈りをされている事と思います。
病の苦しみから全て解き放たれて。
副院長様、本当にありがとうございます。
修道生活、お疲れ様でした。
主よ、絶えざる光を、御身の忠実な僕の上に。アーメン。
+MARIA
返信削除ホスチアさん、こんばんは!
画像、聖堂のマリア様ですか?綺麗に飾り付けられてますね〜!さすがコンベンツァル!
副院長様の、まさに修道者らしい素晴らしい生き方に感動しました。まるで聖人伝のエピソードを読むかのようでした。素晴らしい記事をありがとうございます!美しいですね( ´ ▽ ` )
まりあぁ~(*´∀`*)
返信削除ディスプレイ担当は俺です(*´д`*)
実は、昨日のデザインは白と青で飾りつけました。
でも今朝、その電話を受けてから御聖堂に行くと、白い布はそのままだったのですが、白い布の下にあった青い布だけ取れて下に落ちていたのです。
マリア様は、青じゃない、黒でしょって言ってるみたいで。
それで、黒にしたのです。
祭日の御祝い的ではないのですが、帰天された副院長様の霊魂の為に、マリア様と共に御祈りしたいと思って。
副院長様は、聖人です。
神父様が亡くなったとミサの中でお伺いし、心を合わせてお祈りいたしました。
返信削除本当に、フランシスカンらしいフランシスカン。
フランシスコにあこがれた、マザーテレサのエピソードを思い出しました。
病気のマザーを心配した姉妹が、聖堂のマザーの席に、敷物をすると、マザーは取り外しなさいとおっしゃったとのこと
清貧の誓願を深く生きた聖女と神父様ですね。
自分自身の修道誓願も振り返りたいと思います。
シスター、コメント有難うございましす。
返信削除アダムさんは、司祭ではなく修道士でした。
小神学校に入学し、司祭を志しておられたのですが、あるポーランド司祭から「目立たない道こそ、神様の御前では大きな栄光になります。」と、言われ修道士の道を選んだそうです。
御父に栄光を帰す事だけを求め行なってこられた生涯だったと感じています。