火曜日, 10月 11, 2011

雪の聖母。









黙想をし、御聖堂を出る。

それは、悲しい日常と向い合う時間。

生きている事は、苦しみを引き受ける事。

恵みとして。


それでも大気は清らかに冷えて

灯火を消す事はない。



振り返れば

暖かな愛が在った。

雪の聖母の教会。






そこは、満天の星。


イエス様、あなたの為さる事は

いつだって



優しい。









4 件のコメント:

  1. 絶望苦痛恵みなのでしょうか
    イエス様・・・

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  2. lianさん。主の平和。

    絶望と感じる苦しみも、今は理解出来ない恵みとして神様が渡して下さった事だと感じます。
    それでも、俺の愛はきっと永遠に不完全で足りないのでしょう。
    それは、ジグソーパズルの小さなひとつのピースの様な物で、俺ひとりでは、このジグソーパズルはどんな絵なのか解かりません。
    多くの人の祈りというピースが、出逢う時、その絵はおぼろげながらも人々の霊魂に見えてくるのかもしれません。

    俺達は、皆、ひとりで祈ります。けれどその祈りは出逢うのです。

    だから、こうしてlianさんの御祈りと出逢う事が出来るのです。

    人は、祈り合い、祈り逢う存在なのです。

    主の御手の中で・・・

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  3. ホスチアさん
    ありがとうございます、私も祈らせていただきます
    すべて愛と成るように。
    アーメン。

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  4. lianさん。τ平和と善。

    ありがとうございます。
    小さな祈りを共に捧げましょう。

    アーメン。

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